わたしたちはとてもとても、よく似ていた。
音楽や服の好みや目鼻立ち、話し方。
私は彼のことをまるで本当の兄弟のように思っていたし
それはきっと彼もそうだったと思う。
もしかしたら本当に血がつながってるんじゃないか
と思ったことも勿論あった。
しかしどう調べてみても、兄弟でもなければ、親戚でもない。
本当に「よく似た赤の他人」なのである。

幼稚園から中学までずっと一緒だった私たちは、
当然のことのように高校も同じところを選んだ。
一緒に同じ塾に通い、受験勉強をし、そして合格した。
二人並んで、同じクラスに同時に番号を見つけたときの
あの胸の高鳴りと、彼の笑顔と、春先のまだ冷たい風が
火照った頬をなぶったことを、私はまだ、つい昨日のことのように
はっきりと覚えている。
そうして、なんだか気だるくって手持ち無沙汰な春休みを
だらだらと過ごしていたある日、彼は大きな望遠鏡を抱え
突然私の家にやってきた。

「ねえ、星、星を見よう!」

彼はテレビにとても影響を受けやすい人で、そのときも
某放送協会の天体についての番組を見て感化され、
お年玉と高校入学祝のお金を全部つぎ込んで、
その望遠鏡を買ったんだと言っていたように思う。
排気ガスと人工の灯で、ぼんやりとしか見えない夜空の星。
これがあればそれがはっきり見えるんだよという、
彼の熱い語り口調に影響を受け、二人はその晩、
自転車をしゃかしゃかこいでこいで、少しでも星に近づこうと
して、小高い場所にある人気のない公園に向かった。

彼はかじかむ手をこすり合わせながら、望遠鏡をセットして
あらかじめ図鑑で調べておいた春の星座に焦点を合わせた。
真剣なまなざしで望遠鏡を覗き込む彼の瞳には今、広大な
宇宙のほんの一端が明確に映し出されているのだなあと
ありきたりな小説の一行のようなことを考えながら
私は一人でブランコを漕ぎつつ、辛抱強く待っていた。

「これ、これだ・・・。ほら来て!覗いてごらん!」

促されるままにブランコから飛び降り、すっかり冷え切った
お尻をさすりながら、私は恐る恐るその黒く丸いレンズを
そっと覗きこんだ。


「う、わ」


うめき声しか、出なかった。


「ね、すごいだろ?右端のほうにさ、オレンジ色の星が見えない?
 それは、うしかい座のアークトゥルスっていうんだよ。
 それから、しし座のデネボラは・・・」

残念ながら、彼の懇切丁寧な説明は冬の風に乗って
私の右耳から左耳へと、するりするりと抜けていった。

ただもう、ただ、もう、「きれい」だった。
それ以外の言葉は、全部うそになってしまいそうだった。
望遠鏡越しの星は、黒画用紙に開いた穴なんかではなかった。
月のおまけでもなければ、夜空のお飾りでもない。
それは、ひとつひとつが命を持った、宇宙の気高い生き物だった。
こんなものが、日々頭上で輝いていることを
私は今の今まで、どうして知らなかったんだろう?

言葉もなく、ただじっと望遠鏡を覗き込む私の心中を察してか
彼はいつの間にか説明をぱたりとやめて、押し黙っていた。
とても居心地のいい沈黙。
二人の白い呼吸と、包みこむような闇と、星。
おとめ座の歌声が聞こえてきそうな夜。
二人は互いに、もう何も言わず、かわるがわるレンズを覗き込み
ときどき言葉にならない真っ白の嘆息を口の端から漏らしては
人間がどうやっても一から創造することはできない、
宇宙の神秘の一端を見つめていた。

もう何時間そうしていたかわからない。
ただ、あまりの寒さに思わず出てしまった私のくしゃみを
きっかけに、春先の星空観察は突如終了した。


「ねえ、」

「うん、」

「きれいだね。」

「うん、」

「・・・せかいは、きれいだね。」

「・・・う、」


うん、と返事をしようとして漏れた声は
なぜかそのまま嗚咽へと変わった。
なぜだかどうしようもなく悲しかった。
アイデンティティとか自体的存在とか理知とか、
そんなものはもう、どうでもよかった。
言葉は何もかもうそで、言葉にならないものがほんとうだった。
兄弟のようによく似た私たちが、例え似ていなかったとしても
言語が通じなくても、いがみあっていても、
この、ささやかなうつくしさに互いに気づけたなら
きっと理解しあうことができただろう。
そんなロマンチックな夢想も、許されるような気がした。

今日のこの日を、きっと忘れないだろう。きっと、きっと――


それから何年もの時が経ち、よく似た私たちは
まったく別々の道を歩むことになった。
彼は地理教師、私は看護士。
私は暗闇に脅えて泣きじゃくる小児病棟の子供たちに
何度も何度も、夜空でひそやかに囁きあう星の話をした。
彼は退屈そうに机に頬杖をつく生徒たちに
何度も何度も、季節ごとの星座や星の動きを説明した。
歩む道は違っても、単調な日々でも、逃げ出したくなっても
頭上に輝く星はいつだって、あの「きれい」な星だった。


もうすっかり似なくなった彼と私は、
再会するたびに必ずあの日のあの夜空の話をした。
そうして、いつも最後はこの言葉で締めくくるのだった。


今でもあの日のあの夜空のあの星を、
追い求めているような気がするのだ、と。

























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