子供のころのあたしは、車の窓から月を見て
「ねえねえ、お月さまが追いかけてくるよ!」
なんて、かわいらしいことを言っていたらしい。
そんなことを言ってた子が、どうしてこんな
かわいくない人間に成長してしまったんだろう。
当の本人であるあたしとしても、とても不思議である。

はあ。
勉強ははかどらないし、親はうるさいしで何もかも嫌になる。
二人の罵り合う声から逃れたくて、財布さえ持たずに家を出た。
ああなんて静かな夜。
昼間はあんなにうるさい蝉の声も、今は全く聞こえない。
一度茶色に染めてしまってから、すっかり痛んでしまった髪を
指先にくるくると巻きつけるのが最近の癖。
キャラメルブラウンの枝毛たちが、淡い月明かりを反射している。
そういえばここ最近、夜空を見上げたことなんてなかったな。
あれが北極星で、あれが・・・・なんだろう。
十七年間も生きてきて、夜空に浮かぶ星座ひとつもわからない。

そういえば、ついこの間ケンカしてしまった彼氏は
天体観測が趣味だったっけ。
見た目はかっこいいのに、なんて地味な趣味なんだろう
と思ったら急に冷めちゃって、それから一言も喋ってないしメールもしてない。
彼は大人しいから、自分からはメールひとつ送ってこないのだ。
仲直りのきっかけが掴めないまま、そういえば一週間が経ってしまった。
なんであの時、あいつの話をもっと真剣に聞かなかったんだろう。
真面目に聞いてればすごく面白い話かもしれなかったのに。
夜空を見上げたながらそんなことを考えていたら、
鼻の奥のほうがつんとなって、慌ててまぶたをこすった。
この行き場なくだらりと垂れた両手は、
今まで一体いくつの優しい手を振りほどいてきたんだろう。
さみしい、さみしい、こいしい。
ぼろぼろとこぼれてきた涙を、乱暴にぬぐって夜空を見上げた。

涙がこぼれそうだから上を向いて歩こうよ。
懐メロの特集でやっていた、昔のヒットソングを思い出す。
ぼやけた視界に映る夜空、ちらちら燃える星と細い三日月。
月明かりに、涙でぬれた両の手のひらを透かす。
この真っ暗な世界の中、あたしがどこに行っても
お月様はきっと追いかけてきてくれるだろう。
そう思ったらなんだか涙が止まって、思わず笑ってしまった。
なんてあたしは単純なんだろう。

そうだ、気まずいままの彼にちゃんと謝って、
今度はちゃんと天体観測の話を聞いて、
次の休みには家族みんなで天体観測をしよう。
ポケットから携帯を取り出して、メール作成画面を開く。
不健康な光を放つ電子画面を、お月様がとても優しい光で照らしていた。


















inserted by FC2 system