生きるのが嫌になったとあなたは言った。
どう答えていいのか全くわからなくって、
じゃあまず、その伸びきった前髪を切ろうか!と提案してみた。
「・・・なんで?」
「ほら、髪の毛切ると、気分が変わる・・・らしいよ?」
「なにそれ。」
まあいいや、どうせ切ろうと思ってたし。
なんて言って、あなたは予想外にも私の提案を受け入れた。
晴れた土曜日の昼下がり、あなたの部屋で簡素な床屋を開設する。
新聞紙を広げて、椅子を置いて、あなたを座らせて。
私は慣れない手つきで、あなたの髪をくしで梳く。
さらさら流れる真っ黒で綺麗な髪は、目の下ぐらいまで伸びている。
羨ましくなってしまうような、綺麗な髪だ。
梳いたあとは、いよいよ鋏を握る。
私が提案したことだけれど、なんだか切ってしまうのが勿体無いな。
頭の片隅でそんなことを思いながら、
銀色の刃を髪の間に差し入れて、しゃきり、と切り落とした。

しゃきり、しゃきり、ぱさり、しゃきり。
まるで小さい子供みたいに瞼をぎゅっと閉じているのを見て、
少しだけ笑ってしまった。
「ねえ、なんで生きるのが嫌になったの?」
「嫌なことが多すぎるんだ、なにしろ。」
「・・・そっ、か。」
その嫌なことの中には、もしかして私のことも含まれているのかな。
ちなみに私は生きるのが好きだよ。まだ死んだことがないから。
ねえどうして生きるのが嫌になったのにあなたは呼吸しているの?
ぐるぐる考えていると、この天気の良ささえうっとおしく感じるね。
こうやってあなたもだんだん、生きるのが嫌になったのかな。
しゃきり、しゃきり、ぱさり、しゃきり。
ぼうっと考えながらどんどんあなたの前髪を切っていく。
ふと窓の桟に止まった名前も知らない鳥に気を取られて
あっと思ったその瞬間にはもう、
あなたの前髪を思いっきり斜めに切ってしまっていた。

・・・やっ、ちゃっ、た。
「ねえ今さ、かなり切ったよね?しかも斜めに。」
「・・・ごめん、取り返しつかないことになったかも。」
どうしようどうしようと言いながら、
短くなりすぎた(しかも斜め)のあなたの前髪を触っていると
あなたの口元がゆるりと緩んだのに気づいた。
形のいい唇の隙間から、ふふふ、という笑い声が漏れている。
「なんだか、視界がすごく開けたような感じがする。」
「そりゃぁ・・・かなり切っちゃったし。」
「うん、いいよ。これでいいよ。」
この髪型で生きるの嫌って言っても、笑い話にしかならないね。
そう言って、優しい笑顔であなたは笑った。
変な髪型、さらさらの黒髪に午後の陽光が反射してきらきら光る。
肩に入ってた力がすっかり抜けてしまって、
私も思わず笑ってしまった。

さっきの鳥はどこかに姿を消してしまったけれど、
鳴き声だけが晴れやかな青空に響いている。
きらきら、太陽の光に照らされて銀色の鋏が光った。


開けた視界と青空と、





























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