このまま泡になって、消えてしまえればいいのに。
湯の表面に指をたて、くるくるとかき回す。
ぽたり、天井から垂れる冷たい水滴が私の頬を叩いた。
そのままつうっとこぼれ落ちて、湯と混じりあう。
まるで涙みたいだなぁなんてぼんやり考える。
そういえば、最近泣いたのは一体いつだっただろう?
記憶を辿ってみるけれど思い出せなくて、大きな溜息をひとつ。
重たくなってきた瞼を閉じて、肩まで湯に浸る。

お酒なんて絶対に飲めない、煙草吸う人は好きになれない。
甘い空想妄想に耽ってた高校生の時は、そう思ってた。
大人になったわたしは、一人酒だってするし彼氏はヘビースモーカー。
あの頃の自分が今のわたしを見たら、「理想と違う!」
なんて叫んで半泣きになるかもしれない。きっとそうだろう。
ずっと一緒ね、なんて約束した最初の彼氏は大学受験のとき別れた。
やっと就けた仕事は毎日大変で、目の下の隈がずっと消えない。
ほら、理想と現実はこんなに違うんだよって
怖いもの知らずで無敵だった、あの頃の自分に言ってやりたい。
叶いそうもない夢は捨てなさい、って諭したい。
そうしたら、あの頃の私はもっと冷静になっていただろうか。
色んなことが、もっといい方向に変わっていたかもしれない。
そんなことをぐるぐる考えていたら、なんだか
どうしようもなく胸が苦しくなってきた。
呼吸が短く不規則になるけれど、涙は出ない。
いっそ泣けたら楽なのに、どうしても涙腺は緩んでくれない。
大人になったわたしは、上手く泣くこともできないんだ。

湯に顔を浸して、呼吸を止める。
なにが嫌なのかもよく分からない、毎日から逃げてしまいたい。
でも、呼吸が苦しくなるとどうしても顔を上げてしまう。
じりじり、心臓と肺が痛いよ。
泣きたいのに泣けない、消えたいのに消えられない。
みじめなわたしの目じりにまた、水滴が落ちてくる。
ぽたん、ぽた、ぽたり

少し熱いくらいだったお湯はもうすっかりぬるくなってしまっていて
冷えてしまった自分の体を、わたしは両手でしっかりと抱きしめた。




(呼吸もままならないの、だれか、わたしの手をひいて)






title by:瞬きよりも速く




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