(大人になるってのは、そんなに悪いもんじゃねぇ。)


あれはいつ、誰に言われた言葉だったんだろう。
ぼんやりとした霧のような思い出。
その人は、とても穏やかに笑っている。
大きな手がぐしゃぐしゃと、俺の頭を撫でている。

勉強に疲れた頭が、余計な方向へ思考を逸らそうとしている。
開いたまま、たった1ページしか進んでいない課題のノート。
時計を見ると、日付はすでに変わっていた。
まあ、いつものことだ。

「大人になっている自分」というのを想像してみる。
働いて、給料をもらっている自分。
誰かと結婚している自分―・・・
もはやそれは、自分でない別の誰かのことのように思える。
大人と子供の境界線は、もう俺の目の前にある。
一度踏み越えてしまえば、二度と戻れないような線。
それを越えるのは、恐ろしくも、楽しくもあるんだろう。

今はまだ、温かい毛布にしっかりと包まれている。
その温かい毛布を剥ぎ取られたとき、
俺は凍えてうずくまることなく、
新しい毛布を探して立ち上がることができるだろうか。

いつか、俺が境界線を踏み越えるとき
そうして大人になったとき、
「大人になるってのは、そんなに悪いもんじゃねぇ。」
といって、笑うことができたら― いいな。


ノートの続きはまだ、真っ白。



大人になるって

すてきなことだ!












inserted by FC2 system