彼の話が好きだった。嘘ばかりの彼の話が大好きだった。
汚れた窓から差し込む光が、古ぼけた机を優しく照らす。
その上に彼は座って、私に話して聞かせるんだ。いつものように。
ときには動作をつけて、ときには声を変えて。
彼の話の殆どを、今でも覚えている。
涙で海をつくった人魚の話、糸で繋がれた少女と少年の話・・・ ・・・
小さな埃が太陽の光を浴びてきらめくのを見ながら、
私は彼の嘘話に耳を傾けるのだ。

人は誰でも、本物を欲しがる。
そして、本物を欲しがるわりには、本物を嫌うのだ。
大きな夢を語る少年を鼻で笑い、新聞を読んで溜息をつく。
安っぽいガラス玉ねと値札を指差し、本物の宝石を見て財布を握りしめる。
私は本物なんかいらなかった。
偽物の方が、自分にはお似合いのように思えたから。

彼は、そういう私をいつも優しい目で見つめていた。
泣き出しそうな、笑い出しそうな、不思議な笑みを浮かべて。
そんな彼は、小学校の途中で転校してどこかに行ってしまった。
もう、彼の顔もよく覚えていない。
だからと言って、アルバムを見て思い出そうという気にもならない。
知らないほうがいいことだって、あるから。
彼が一体何をして、どんな風に暮らしているのかは知らない。
少年の頃、目を輝かせて嘘の話をしてくれた彼は今
新聞やニュースの本当の話を聞いて、溜息でもついているのだろうか。
そうであってほしい。
あの、妙に悲しく滑稽な嘘話の中にこそ「本当」があったんだと
私は信じている。
 
 
 

「さて、今日は何の話がいい?」

































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